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第23回 日本語の中の中国語その10――食指が動く|現代に生きる中国古典
- 2016/10/14
- 現代に生きる中国古典, 西川芳樹
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「食指が動く」という言葉があります。「食指を動かす」ともいい、『広辞苑』第六版によると「食欲が起こる。転じて、物事を求める心が起こる」という意味です。
「食指が動く」は『春秋左氏伝』に伝わる出来事に由来します。舞台は、いまを遡ること2600年以上前の魯の宣公四年(紀元前605年)、鄭の国です。
この故事を踏まえて、「食指が動く」は「物事を求める心が起こる」という意味として使われるようになりました。ところで、この話には続きがあります。
目を合わせて笑った二人を見て、霊公はその理由をたずねました。そこで、子家が先ほどのことを話します。すると、霊公はスッポンのスープを家臣に振る舞いながら、なんと子公には与えなかったのです。子公は怒り、指をスープが入った鼎の中に突っ込むと指を嘗めて退席しました。霊公は怒って子公を殺そうとします。そこで、子公は先手を打とうと子家に相談を持ちかけます。しかし、子家は「家畜ですら年を取っていると殺すことは憚られる。ましてや国の主ともなればなおさらだ」と断ります。すると逆に、子公は霊公に子家のことを中傷し、これを恐れた子家は子公の計画に従い、子公たちは霊公を殺害します。
スッポンのスープが原因で殺し合いにまで発展するとは、まさに「食い物の恨みは恐ろしい」です。
ところで、現代中国語では「食指が動く」という言葉は、ほとんど使われていないようです。『漢語大詞典』のような大型辞書を引くと「食指动」、「食指大动」の項目が立っていますが、例文は、『春秋左氏伝』のこの場面と宋代の詩が引かれているだけです。筆者の目の及ぶ範囲ですが、ハンディな中型辞書には「食指动」、「食指大动」は取られていません。現代中国語で「食指」というと、「人差し指」と「家族の人数」の意味で使われ、「食指众多」で「扶養する家族が多く、負担がかかる」という意味になるそうです。
2012年の文化庁「国語に関する世論調査」で「食指が動く」が調査の対象となり、16歳~19歳の回答者が、辞書的な言い方である「食指が動く」より「食指をそそられる」の方が多く使うと答え、話題になりました。22世紀には「食指がそそられる」のほうが多数派になっているかもしれません。2600年以上前に中国で生まれ、母国では使われなくなりながらも、遠く日本で生きながらえ、新たな形に変化しようとしている、言葉の運命の不思議を感じます。
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