第18回 元首たちの古典教養その10――取火莫若取燧,汲水莫若凿井――|現代に生きる中国古典

2009年、温家宝首相は外国人記者から、国際的な金融危機のなか中国のGDP成長率8%という目標を達成するのは困難ではないかと質問をうけました。温家宝は、確かに難しかもしれないが、可能であるとの見方を示し、次のように述べます。

  最为重要的就是经过几个月的努力,中国人的心开始暖起来了。我以为,心暖则经济暖,我深知这场金融危机任何国家都不可能独善其身,克服困难也不能脱离国际经济的影响。但是我们懂得一个道理,那就是取火莫若取燧,汲水莫若凿井,就是说你想得到水不如自己去凿井。因此,我希望全体中国人都要以自己的暖心来暖中国的经济。

最も重要なことは数ヶ月の努力を経て、中国人の心が暖まりだしたことである。私は心が暖まれば経済も暖まると思う。そして私はよく分かっている、今回の金融危機は、いかなる国であろうと自分の利益のみを考えるのは不可能であり、困難の克服も国際経済の影響から離れることはできない。だが、私たちはある道理を知っている。それはすなわち「取火莫若取燧,汲水莫若凿井」、つまり水を欲しいと思うより自分で井戸を掘った方がよいということである。このため、私はすべての中国人がみな自分の心を暖めることで中国の経済を暖めようとすることを望む。

「取火莫若取燧,汲水莫若凿井」とは、『淮南子』に由来する言葉です。『淮南子』「覧冥」に次のような言葉があります。

  河九折注於海,而流不絕者,崑崙之輸也,潦水不洩,瀇瀁極望,旬月不雨則涸而枯,澤受瀷而無源者。譬若羿請不死之藥於西王母,姮娥竊以奔月,悵然有喪,無以續之。何則?不知不死之藥所由生也。是故乞火不若取燧,寄汲不若鑿井。 

黄河は何度も曲がりくねって海へと流れ着くが、それでも流れが途絶えることがないのは、崑崙山が水を供給しているからである。雨水が貯まり、見渡すかぎり水をたたえていても、雨が十日降らなければ、枯渇してしまう。水を供給されていた者がその水源を失ったからである。例えば、羿は不老不死の薬を西王母より手に入れたが、姮娥がこの薬を盗んで月に逃げると、失望して悲しみ、これを続けることは出来なかった。どうしてか。それは不老不死の薬をいかにして作るかを知らなかったからである。このため、火を求めるより太陽で火をおこした方がよく、水を汲むより井戸を掘るべきなのである。

温家宝首相の言葉は、外国経済の影響は避けられないかもしれないが、自分たちの努力で経済を回復するべきであり、他力本願ではいけないと言う意味でしょう。
「井戸を掘る」に関する諺では、日中国交正常化交渉の際、周恩来首相が田中角栄総理を迎えるのに使った「飲水思源」が知られていますが、こちらは水を飲むときには、その源、つまり井戸を掘った人のことを思えということから転じて、物事の基本を忘れない、他人から受けた恩を忘れない、という意味です。

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西川芳樹関西大学非常勤講師

投稿者プロフィール

大阪府岸和田市出身。
関西大学文学研究科総合人文学専攻中国文学専修博士課程後期課程所定単位修得退学。
関西大学非常勤講師。
中国古典文学が専門。

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