第12回 元首たちの古典教養その7―言者无罪,闻者足戒―|現代に生きる中国古典

 1944年、毛沢東は、『一九四五年的任务』という十五条からなる文章を発表しました。その十四条では、国民党との差別化を図るため、共産党の指導者たちに次のようなことを呼びかけています。

各级领导人员,有责任听别人的话。实行两条原则:(一),知无不言,言无不尽;(二)言者无罪,闻者足戒。如果没有“言者无罪”一条,并且是真的,不是假的,就不可能收到“知无不言,言无不尽”的效果。
各レベルの指導者たちは、他人の話を聞く責務がある。二つの原則を実行せよ。一つは「知无不言,言无不尽(知っていることはすべて話し、言いたいことは残さずに言う)」。二つは「言者无罪,闻者足戒(言った者は罪とされず、聞いた者は戒めとする)」である。もし「言者无罪」の一条がなければ、しかもそれが本物で、偽物でなければ、“知无不言,言无不尽”の効果を得ることができない。
(毛沢東『一九四五年的任务』より)

 毛沢東は、古典から引用した二条の要訣を示しつつ、指導者に上意下達だけの封建的姿勢を改め、民衆や部下と対話をして、広く意見を聞くように求めています。
 さて、引用した二つの言葉のうち、「知无不言,言无不尽」は、唐宋八家の一人である蘇洵の「論衡上・遠慮」に由来します。この文は、主君が家臣といかにしてつきあうかを説いています。

圣人之任腹心之臣也,尊之如师傅,爱之如兄弟,握手入卧内,同起居寝食,知无不言,言无不尽,百人誉之不加密,百人毁之不加疎,尊其爵,厚其禄,重其权,而后可以议天下之机,虑天下之变。
優れた主君が腹心となる大臣を任命すると、師のように尊び、兄弟のように愛し、手を取って寝室に入り、起居寝食を共にした。そして、百人が誉めても過度に親密にはならず、百人が悪く言っても遠ざけることもなく、その爵位を尊び、俸禄を手厚くし、権力を強くした。その後、天下の策を議論し重大事を考えることができる。

一方、「言者无罪,闻者足戒」は、『詩経』の「詩序」に見える言葉です。

上以风化下,下以风刺上,主文而谲谏。言之者无罪,闻之者足以戒,故曰风。
上は下を風教し、下は上を風刺するには、詩文を用いて遠回しに諌める。言った者は罪とされず、聞いた者は戒めとする、だから「風」というのである。

 毛沢東は、「言者无罪(言った者は罪とされない)」が第一と言っています。現代風に言えば、相手に注意をされても怒らないといったところでしょうが、自分の欠点を突かれ、それを受け入れて戒め改めることはなかなか勇気が必要です。「知无不言,言无不尽」と、包み隠さず話すのも、体面や損得勘定が働き簡単ではありません。このような言葉が残る以上、昔の人々も実際には、言葉通りといかなかったのでしょう。
毛沢東が指導者たちに求めたように、二つの典故と毛沢東の言葉はいずれも、為政者たちの上下関係をいっています。しかし、これらの言葉を政治的場面に限定して使うのはもったいない。他人の言葉を受け止め、胸襟を開いて語る、これらの言葉は、あらゆる人間関係を深める秘訣といえるでしょう。

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西川芳樹関西大学非常勤講師

投稿者プロフィール

大阪府岸和田市出身。
関西大学文学研究科総合人文学専攻中国文学専修博士課程後期課程所定単位修得退学。
関西大学非常勤講師。
中国古典文学が専門。

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