- Home
- 第36回 元首たちの古典教養その19――谁言寸草心,报得三春晖
第36回 元首たちの古典教養その19――谁言寸草心,报得三春晖
- 2018/1/15
- 現代に生きる中国古典, 西川芳樹
- コメントを書く
温家宝は母校の北京地質学院で講演をしました。講演では、地質学の研究に没頭した自身の学生時代をふり返り、結核にかかって部屋を隔離されながらも勉強を続けたことを紹介しました。そして、この様な苦労が自分を精神的に鍛え上げたのだと学生に語りました。温家宝はこの講演の最後を次の様に締め括っています。
母親の深い愛情とそれに対する感謝を描いた詩です。孟郊は唐の人で、50才近くになってようやく科挙に合格し、任官されると任地に母を呼び寄せました。その際に作ったのがこの詩だといわれています。
詩の前半は、旅先で息子の服がほつれぬようにと、針仕事をする母親が描かれています。童謡「かあさんの歌」の世界ですね。旅の準備を手伝いつつも、なかなか帰ってこないのではと心配する姿からは母親の息子への情を読み取れます。最後の二句「谁言寸草心,报得三春晖」は、芽を出したばかりの若草が春の日差しの恵みに感謝してもしきれないように、母親から受けた愛情は返すことができないほど深いという意味です。
この詩から「谁言寸草心,报得三春晖」は今でも母の深い愛情を表す際によく引かれます。さらに応用として、母校や母国などから受けた恩恵への感謝を表す場合にも使われます。この言葉は短く「寸草春晖」とだけ言うこともあります。
温家宝は、学問はもちろん、精神を鍛える場となった母校に対し、その恩は返すことが出来ないほど大きいと言っていたのでした。
コメント
この記事へのトラックバックはありません。
この記事へのコメントはありません。