第32回 元首たちの古典教養その17 ーー忧民之忧者,民亦忧其忧|現代に生きる中国古典

 元首たちが引く古典には為政者としての心構えについて述べたものが多く見られます。そして、古典の名言を行動の規範とするのは、何も国を統治する最高指導者たちだけではなく、一般の役人も同じです。
 2007年の春節、首相であった温家宝は人民大会堂で新年の挨拶をし、そのなかで次のように語りました。

  ‘忧民之忧者,民亦忧其忧’。只要我们真心实意为群众办事,尽最大努力解决民生问题,就一定会得到人民群众的拥护,就能越来越充分调动人民群众的积极性和创造活力。”
  (「民の心配することを心配すれば、民も為政者の心配することを心配する。」人々のために誠心誠意はたらき、人々の生活に関わる問題の解決に差大言の努力をしさえすれば、必ずや人々の支持を得て、人々の積極性と創造の活力をよりあますことなく引き出せるであろう。)

 温家宝が引いた「忧民之忧者,民亦忧其忧」は『孟子』の「梁恵王章句下」に見える一節を引いたものです。以下に該当部分の前後を示します。

  齐宣王见孟子于雪宫。王曰:「贤者亦有此乐乎。」孟子对曰:「有。人不得则非其上矣。不得而非其上者,非也;为民上而不与民同乐者,亦非也。乐民之乐者,民亦乐其乐;忧民之忧者,民亦忧其忧。乐以天下,忧以天下,然而不王者,未之有也。……」
  (斉の宣王は孟子と雪宮で会見した。王「優れた人物にもこのような楽しみがあるのか。」孟子はこれに答えた「ございます。人々は(楽しみが)得られないと上に立つ人を批難します。(楽しみが)得られぬからといって上に立つ人を批難するのは間違いですが、民の上に立ちながら(一人で楽しみ)民と共に楽しめぬのも間違いです。(為政者が)民の楽しむことを楽しめば、民もまた主君の楽しむことを楽しみ、(為政者が)民の心配することを心配すれば、民も為政者の心配することを心配する。つまり、天下と共に楽しみ、天下と共に心配するのです。このようにして王でなかった者はこれまでいません。……」)

 孟子が宣王に説いたのは、為政者が民に寄り添って、はじめて民も為政者を支持してくれるということです。温家宝は年頭の挨拶に当たり、役人としてのあるべき姿を部下たちに示したのでした。
 この言葉は、為政者や役人だけにとどまらず人の上に立つ者すべてにあてはまる言葉ではないでしょうか。組織のリーダーは、下の者に認められ、その協力を得なければなりません。しかし、上に立つ者が自分の利益ばかりを追求していては、下に従う者の支持を得て、その力を発揮させることは難しいでしょう。リーダーは下の者と苦楽を共にしてその心を掴むことが求められているのではないでしょうか。

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西川芳樹関西大学非常勤講師

投稿者プロフィール

大阪府岸和田市出身。
関西大学文学研究科総合人文学専攻中国文学専修博士課程後期課程所定単位修得退学。
関西大学非常勤講師。
中国古典文学が専門。

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