第25回 日本語の中の中国語その11――災いを転じて福となす|現代に生きる中国古典

 「災い転じて福と為す」は、「身に降りかかった災難をうまく活用して、かえってしあわせになるよう取りはからう。」(『広辞苑』)という意味ですが、雑誌の中で「不幸なことの後に幸運な出来事が起きる」という意味で使われているのを目にしました。気になったのでGoogleで検索してみると「不幸から幸へと転じた」意味で使っている例がかなり見つかり、「災い転じて福となる」と「為す」が「なる」へと置き換わった例までヒットしました。「なる」という自動詞から、「不幸から幸へと転じた」意味で使われていることは明らかです。
 「災いを転じて福となす(转祸而为福)」という言葉は、『戦国策』、『史記』、『説苑』などの漢代に編纂された文献中に早くも見えます。語源の特定は難しいですが、少なくとも漢代には広く使われていた言葉だと考えられます。ここでは、『戦国策』に記された蘇秦の説得術と共にこの言葉を紹介しましょう。
 戦国時代、燕国王である易王は秦国王の娘を妻としていました。その燕が支配する十の城を、隣国の斉が攻め取ったのです。蘇秦は燕のたに斉王の説得に向かい、斉王に説いて言いました「燕と強国の秦は血縁関係にあります。燕の城を奪ったことで、秦の恨みを買っては、自殺行為です」。斉王が「ならば、どうすればよい」とたずねると、蘇秦は答えます。

圣人之制事也,转祸而为福,因败而为功。故桓公负夫人而名益尊,韩献开罪而交愈固。此皆转祸而为福,因败而为功者也。王能听臣,莫如归燕之十城,卑辞以谢秦。秦知王以己之故归燕城也,秦必德王。燕无故而得十城,燕亦德王。是弃强仇而立厚交也。
「聖人は重要な政治上の案件を執り行うにあたり、禍を転じて福となし、失敗をきっかけとして成功を収めたものです。だからこそ、斉の桓公は夫人を理由としてその母国である蔡を攻め、(これは過失でしょうが、その結果、蔡を打ち破り、勢いに乗ってライバルであった楚も討ち果たして屈服させたので)その名はますます尊ばれ(る福を得まし)た。韓献子は、(味方が過失から負った罪を皆で分担し)罪を着るという禍を得たが、その結果、味方の結束がそれまで以上に固まるという福を得ました。これらの事例はいずれも、禍を転じて福となし、失敗をきっかけとして成功を収めたものです。王が私の申し出をお聞き入れになってくださるのであれば、燕の十城を返還し、辞を低くして秦にお詫びされるのがよろしいでしょう。斉王さまが秦のために城を燕に返還したと分かれば、秦はきっと王に恩を感じるでしょうし、何も理由がないのに城を還してもらえれば、燕も王に恩を感じるでしょう。こうすれば、手強い仇敵を捨て去り、心のこもった交流を結ぶことになるのです。

 説得を受け、斉王は燕に十の城を返還しました。蘇秦は見事に任務をまっとうしたのです。
 話は戻りますが、「災い転じて『なる』」の使い方が気になったので、学生にどういう意味か、そしてどういう時に使うかとたずねました。圧倒的に数が多かった答えは「聞いたことはあるけど使わない」でした。身近に使わなくなったために、言葉や意味がうろ覚えになり、更にその結果、「不幸から幸へと転じた」使い方、「なる」という言葉が現れたのでしょう。

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西川芳樹関西大学非常勤講師

投稿者プロフィール

大阪府岸和田市出身。
関西大学文学研究科総合人文学専攻中国文学専修博士課程後期課程所定単位修得退学。
関西大学非常勤講師。
中国古典文学が専門。

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